ちょっとした違い。
(コーヒーの味。
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以前、ある人に「浅井さんが淹れるコーヒーだけ他の人と味が違う」と言われ、
今回も「やっぱり何度飲み比べても違うんだよ。そう、カドが無い。何が違うんだろうなー」と不思議がられた。
それが美味しいのか美味しくないのかはわからないが、ちょっとした淹れ方の違いなのだろう。
コーヒーに限った話ではない。料理もそう。
たとえ同じレシピ・同じ材料・同じ機材を使っていても、それを使う側によって出来上がりは全く異なる。
良くも悪くも、まろやか、角がない、やわらかい、優しいなど、わたしが作る料理はこういった感想をいただくことが多い。
刺激や面白さといったものが売りの料理をわたしがレシピ通りに作っても、たぶん丸くなっちゃうと思う。ぼやけた味になるのでは?と想像する。
口に入れるものというのは特にダイレクトに伝わるので、こういった感想をいただくたびに面白いなあと思う。
自分の特徴や価値のようなものに触れたような気がして、嬉しくなる。
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自分の価値(価値観含めて)について、取り出してはこねくり回して仕舞うを繰り返している。
例えばわたしが旅行の計画を立てている話をすると、「わたしも行くー!!」と漏れなく母や親せきがくっついてくるようになったが、これはいったいどういうことだろうか。
hitorigochiru15.hatenablog.com
…こういうことだろうなあ。
旅行における彼女らにとってのわたしの価値は、事前準備、手配、当日の進行。アフターフォロー。
その時々で変化する相手の体調やニーズに合わせた物事の段取り力。
すなわち手間なし旅手配力。
にあるのだろう。
自分でできなければ、時間とお金と労力を使って旅行代理店やガイドさんに依頼しないとならないものね。
すべて誰かに手配してもらう旅の良さ、自分で一から十まで手配する旅の良さ、
部分的依頼の良さなど、それぞれに良さがあるが、
自分でやるのってそんなに億劫なのか。
自分で計画立てて準備してる時は妄想も膨らんで楽しいけどなあ。
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価値価値価値価値…などとブツブツつぶやいていると、ロー太郎がふと降臨した。
ロー太郎を見てみよ。
ただ生きているだけで、そこに居るだけで、唯一無二の価値がある神々しい姿。
いろんな価値がごっちゃになってるなー。
わたしが知りたい、追求したいと考えるのはどの価値についてだろう。
価値=経済的価値、市場価値。これも価値の一つだが、そればかりに囚われていないだろうか。それしかないと思い込んでいないだろうか。
あまりにひどいと今学んでいることさえも、
「こんな飯の種にもならないような、何も生み出さないようなことをやっていていいのだろうか…?」
などと思ったりするのだから恐ろしい。
ただの一枠組みでしかない、その価値観や思想はどっからきてんだ?なぜ罪悪感を抱くようになってんだ?の尻尾や根っ子見つけたり、
その他日々感じる疑問や違和感を少しでも解消するために学んでいるのに、うっかりするとこのザマである。
価値っていろんな意味があるから、まずはそこをハッキリさせないとだ。