ひとりゴチるブログ

つぶやき以上、日記未満。日々の成長記録。

混線とわたし

そういう流れ。

(意味の有無はわからない。

朝、目的地まで向かって歩いていたら、停車中のタクシーが目に入った。

 

ナンバー723。

なつみ。わたしの名だ。

 

このナンバーと自分や家族の誕生日のナンバーを見ると、良い意味で何かが起こる。

応援してるよ!と言われてるような気がして、心が弾む。

 

今日は良いことがあるぞー♪と朝から気分よくさらに歩を進める。

すると角を曲がったところで、先ほどのタクシーがお客さんを乗せてブーンと通り過ぎて行った。

おお、2回目。これは珍しい。念押しだろうか。

 

なんてことを頭の片隅に置いておきながら出先でメールチェックをしていたら、
オーダーしていた商品発送のお知らせが届いていた。

ちょっとしたトラブルがあったけれど、楽しみにしていた商品なのですごくうれしい。

あーんど、しばらく心に引っかかっていた別案件もあっさり解決。

先ほどのお知らせはこれですな神様。いい仕事しますなあ。(何様だ

 

今回も電子ツールの不具合でわたしの申し込みがはじかれる現象や、自宅洗濯機エラー事件、メールの行き違いなど複数重なった。

 

夏は特に混線するように思う。

連日危険なレベルの暑さが続いているのも影響しているのだろうし、(電子機器は熱に弱いからね)

そろそろお盆というのもあるかもしれない。

 

スムーズに物事が進まないのは何か意味があるのかもしれないし、ないのかもしれない。

いずれにせよ、何が起きても多少の動揺はあれどわたしは対処できるし、

自分ではどうしようもないことで右往左往することも少なくなった。

 

ただ、待つ。流れに身を任せる。この時間も必要だということ。

 

待っている間、先日最終回を迎えたちはやふるを改めて再読していたが、

大事なことのオンパレードで、ここにきてまさかの一人反省会開幕。(羞恥心で身が焼け焦げた

…な、なんで全部忘れてんだ。千早に負けず劣らずの忘却力だ。いらんことはいつまでも覚えているのに。

 

この作品には毎度泣かされる。

すべての巻にこみあげてくるポイントがあるのだから、凄い作品だと思う。

それだけ刺さる言葉や表現が多いのだ。”感じ”の表現なんて特に。秀逸。

 

登場人物と同じような多感な時期にこの作品に出会いたかった(古典に興味関心を持てたのに!)とも思うが、

 

34巻だったか、千早のお母さんの

「子供には”高確率”で幸せになってほしい」

という言葉や、

 

40巻の渡会さんの

「人はね 向かい合ってる人からは 本当は身につくものは学べないのよ

本当に教えたいなら うしろから」

 

という言葉なんて、学生時代に触れてもわたしには何も届かなかっただろうなと思うと、今でよかったなとも。

当時と今では刺さり方や沁み方が異なるのは当然のこと。

 

混線したり、そのおかげでじっくり作品に触れることができたり再確認したり。

何はともあれようやく気持ちよく流れて、気分は爽快だ。