ひとりゴチるブログ

つぶやき以上、日記未満。日々の成長記録。

言葉とわたし

伝え方、伝わり方、受け取り方。

(どこまで想像し、すり合わせができるのか。

文章だけでのコミュニケーションは、対面での会話よりも言葉の取り扱いに気を付けないと、あらぬ誤解やいらぬ諍いを生む。

 

んなこたあ当事者同士でやってくれい。と、わたしなら余程のことじゃなければ突き放すが、

板挟みにあっている相談者はそれが出来ないから困っているのだろうし、こうして相談しているのだろう。

(板挟みになっているあなたも、諸々削れていることを自覚した方が良い。相手は自分の事でいっぱいで、あなたを傷つけているなんてこれっぽっちも思っていないだろうから。)

 

 

以前あった弟との些細なケンカを思い出す。

Aという言葉や事象を、自分は・相手はどのように捉えていて、どんな眼鏡で見ているのか。ズレをズレたまま放っておけば、やがてそれは致命傷になる。

癖は、偏見は、思い込みは、盲点は…等々、相談者の言葉を受けて、わたしも様々に反応する。

 

一方は会話は得意だが文章は苦手、一方は文章は得意だが会話は苦手とする場合、

双方それを知った上でコミュニケーションの取り方を工夫しないと、

遅かれ早かれトラブルへと発展するだろう。

 

相手のことをよく知ること。

知ろうとしないまま言葉を交わしても、互いに不快な思いをするのは当然だ。

やりとりをしてる最中、「ん?」とどこかで必ず違和感があったはずで、それはなんでだろう?と一度考えてみること。

 

ましてやLINEという閉鎖的な空間でのやり取りだ。

 

気の遣いどころの違い。どの言葉に自分は反応したのか。

 

以前にも似たような相談があったけれど、その時見せてもらった文章を読んでも、

「この文章の一体どこに疎外要素が??」と、

じっくり何度読んでみても、性悪く読んでみても、その受け取り方は違うだろうと思ったのだった。

この文章から「自分は疎外されている」と感じたのであれば、それはただの妄想だ。被害妄想。

 

妄想を想像に転換したうえで、その想像は果たして本当なのだろうか。を、現実に落とし込んで確認出来たら良いと思う。

自分は会話が苦手であるならば、相手は何が苦手なのだろうを想像する視点を持ってみること。

 

今回の件も、相手を知らなさすぎる故に膨らんだ妄想と、何より圧倒的なコミュニケーション不足なのだけど、

大前提として、双方とも関係悪化は望んでいないハズなので(悪化して良いならこのまま放っとけ。)、そこんとこ踏まえたうえで上手く歩み寄れたら良いよね。

 

LINEでモヤモヤするなら、電話をしてみたらいい。

電話が苦手なら対面で話をしてみたらいい。直接会うのが難しいのなら、Webカメラを使って話してみればいい。

それでも自分は文章以外絶対無理なんです!ってーなら、良好な関係を築くのはちと難しいかもね。

よほど相手がその人に合わせられるのなら一時的にはなんとかなるかもしれないけれど、どこかで限界がくるでしょう。

そしてそれは、自分は文章が苦手なんす!会話じゃないと伝えられない!って言うもう一方にも当てはまる話で。

 

わたしも言葉の扱いについてはしょっちゅう間違えるし、それで人を傷つけたり、自分の言葉で自分をえぐったりと失敗まみれだ。

それでも、伝えないことには伝わらないし、伝えたいという欲求があるからわたしは言葉を扱う。その工夫をする。

 

「それは本当なの?」

 

過去さまざまな先輩たちから投げかけられた言葉。

決して相手や自分自身を疑ってかかるような言葉ではない。

自分の内側に一石を投じる重要な言葉だ。

 

結局のところ、(自分を含めた)相手とどんな関係を築きたいかなのだろうなあ。

 

相談を受けてわが身を振り返る。

言うは易く行うは難し。

はー言葉の取り扱いってホント難儀だー。