ひとりゴチるブログ

つぶやき以上、日記未満。日々の成長記録。

紐解き作業とわたし

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違和を紐解いていく。

(両動画とも、特に後半の考察部分は思うこと、感じることがわんさか溢れてくる。

高校生の頃に、家庭科の授業で「個食」や「孤食」について取り上げた本やテレビ番組を紹介されたことを思い出す。

かれこれ20年ほど前の話だ。

 

今でも覚えているほどこの授業(特に「使い捨てカメラで撮影された食事写真」)が印象に残っているのは、わたしが「食」に興味関心があるからかもしれないし、食べることが好きな人に囲まれていたからかもしれない。

 

現状を知り、「衝撃を受けた・びっくりした」という人もたくさんいたが、当時高校生だったわたしは、それを言う人たちに対して驚いていた。

衝撃を受けた、ということは、普段から「家族が全員揃って食卓を囲み、みな同じメニューかつバランスの取れた食事」を当たり前のようにしていることになるが、果たして本当にそうだろうか。

もちろん、それができている家庭もあるだろう。

でも、大半は単に自分の毎日の食事を把握すらしていないだけなのでは??と思っていたのだった。(ヤな女子高生だなー。

授業の課題で「1か月間、朝昼晩の食事を記録する(※写真は無し)」も実際やったけれど、

家族揃って同じ食事をする日は、習い事や父の残業が無い平日の夜と休日だけだったし、

食事の内容も、手作りの日もあればお惣菜の日もあるし、お弁当や外食の日もあった。

ただ、家族が揃っているのに食事の時間も内容もバラバラ…ということはほぼ無かったので、その部分に関しては「ウチとは違うのだなあ」と感じていたけれど。

 

単に「バランスの取れた食事を家族みんなでしよう」ということを言っているのではない。「こんな粗末な食事を子どもに与えるなんて!」というのも盛大に的外れだ。

 

この調査をしている方も、とっかかりが食事なだけで、フォーカスしているのは「家族(史)」であり、その関係性だと明言している。

(なぜインタビュー対象者に父親が出てこないのか。なども含めて興味深い調査だと思う。)

 

食事、から見えてくるもの。

 

先日の記事でも「生きた心地がしない」と書いたけれど、この手の違和はなんなのか、自分一人のアタマでは言語化や処理しきれないことが山ほどある。 

hitorigochiru15.hatenablog.com

 

「自分はいったい何に違和を感じているのか」のヒントが今回視聴した動画にはあった。

 

万葉集も気になるし…宗教学に哲学……さて、わたしの興味関心はどんどんどんどん広がって、わけがわからなくなってきたぞ。いつものやつだぞこれ。

長い事ほったらかしてる家族史はどうしたお前。ビェエエエ

焦ったって仕方ないんだけど、何で焦るかって、伝承者がどんどん居なくなってるからなんだよな。

もたくさしてるとみんな死んじゃう。伝えるだけの体力・気力がなくなっちゃう。

全部わからなくてもいい。(わたしには到底無理だ。)

この気の遠くなるような作業を続けた先に、僅かでも理解したり肚落ちできることがあると信じて。