ひとりゴチるブログ

つぶやき以上、日記未満。日々の成長記録。

ゲームとわたし

人生ゲーム。

(ラスボスは現れるのか現れないのか。はたまた主人公である己がラスボスか。

他人様の人生ゲーム(この言い方は失礼かもしれないが)を見ていると、すごいなあと思うことばかりだ。
人によっては応援したいと思うし、わたしも力になれることがあれば力になりたいと思う。

 

足かせや、背負う必要のない荷物を自らの手で外した人は、当たり前だが本来持っている力が開放されるので、
今まで滞っていたものが一気に流れていく。思う存分力を発揮していく。

なんてったって自分で風穴を開けられるほどのパワーの持ち主だ。淀むわけがない。

 

活き活きする姿を見ると関係のないこちらまで小躍りしたくなるし、活力を得る。
一面をクリアするとこんな風に次の面が現れるのかと感動したのだった。
目には見えないけれど、後押し、追い風というものを他者を通して体感した。


と、同時に、彼らのような人の足に、身体にしがみつき、おんぶに抱っこにと、
自分の足で立つことを放棄してきた人の行く末は、追わずとも容易に想像できる。
そのしがみついてきた対象から拒絶されると、彼らは被害者ヅラをしては不幸だと嘆き、勝手に怒り、勝手に悲しむのだろうけれど、そんな姿を追いかけてまで見るような趣味はわたしにはない。

 

他人様のことはさておいて自分の人生ゲームはというと、可もなく不可もなくという感じだろうか。

生きてるだけで丸儲けと言われればそうだよなあと思うし、やれることはまだまだ沢山あるんじゃないのと葛藤することもたくさんある。


他人様の面クリやレベルアップはわかるのに、自分のこととなると相変わらずさっぱりだ。

出来ることも出来なくなったことも同じように増えたり減ったりしている。

自分に甘いところも厳しいところもある。

クリアだとかレベルアップ、という発想自体が間違っているのかもしれない。