ひとりゴチるブログ

つぶやき以上、日記未満。日々の成長記録。

得意と役割とわたし

得意を活かすとは。

(真っ先に思い浮かぶのは家族と親せきだ。

実家や親せきの家で過ごすと、阿吽の呼吸が発動するので何をするんでも非常に楽だ。

特に精神面。

いちいち役割を振られなくても己の得意を活かしてよく動く。

ていうか、本人たちは得意なんて思ってないと思う。それくらい無自覚で自然に動いている。

 

田舎に帰省してるときも、畑仕事や木の伐採をする者、家や備品の修理をする者、家事をする者、買い出しに行く者、子どもたちの遊び相手になる者などなど、それぞれが自発的に動くのでストレスフリーなのだ。

そして作業を終え、みんなで食べるご飯のなんと美味しい事か。

明け方まで夜通しくっちゃべることのなんと楽しい事か。

 

阿吽の呼吸というのはお互いがお互いのことをよく知っているから出来ることなのだけど、それが出来なくても、自発的に動ける人が多いと内も外もよく回る。よく循環する。

知らないことは見て真似る。聞いてやってみる。

 

いわゆる”男女の役割”なんてものも存在していないので、
台所におっちゃん連中が立つ時もあるし、巨木に登って木ぃ切ってるのは山ザルな伯母だったりするし、子ども好きな従兄弟たちが赤子のオムツを替え、ミルクを与え、あやしていたりする。

面白いもんで、父方も母方も家族構成が似ている(兄弟姉妹の構成が男女逆だけど)ので、どっちの田舎に行っても同じような「サマーウォーズ(アニメーション映画)」感だ。

この作品を観ていると、自分とこの親せきをみているようでとても親近感がわくよ。

得意不得意は誰しもあって、たとえば父は料理が壊滅的に出来ない人なのだけど、(どうしたらこんなクソ不味いもんを錬成できるのかと食材が阿鼻叫喚・地獄絵図になるレベル。)

体力やパワー、身体能力の高さは65歳とは思えないほど高いため、力仕事は父でないと出来ないことばかりだ。
そしてなぜだか小さな子どもと動物にとにかく好かれる。なんなら何もしてなくても寄ってくる。

 

負担が特定の誰かにだけのしかかるのではなく、お互いが得意…というか自分にできることをして生活できると良いのになと思う。