ひとりゴチるブログ

つぶやき以上、日記未満。日々の成長記録。

表現することとわたし

eba4fc6554beda2f3adc0747e9276669_e32381d372c88e48ef97e36c20629116.png想いを、内から外へ。

幻冬舎さんのイベントに参加してきました。

…このイベント開始前に都内をぶらぶらしていたのですが、

この街の、遮断された感じがすごく切なくて、哀しくて、

実はおうち帰りたい病に陥っていたことはここだけの話。

初めてインターネットに繋がり、世界が一気に広がった16歳のあの日。

それから今に至るまでずっと、

ホームページやブログという媒体を使って、

絵なり文章なりで自分の想いを綴ってきました。

想いを綴る行為は、わたしの心を穏やかにし、

パツンパツンになって今にも爆発しそうな頭の血を下げてくれています。

上手な文章が書きたいわけでもなく、

”誰か”に向けて発信し、自分の爪痕や影響を遺したいわけでもなかったけれど、

それならどうして、わたしは自分の想いを自分の中だけで暖めておかないのだろう。

なぜ、インターネット上の、見知らぬ誰かに公開し続けているのだろう。

描きたくて書きたくて仕方がない、

という話を以前にも綴ったけれど、

公開している以上、やっぱりどこかで自分の想いを伝えたくて、わかってもらいたくて、

知っておいて欲しいという気持ちが人一倍強いのではないだろうか。

そんな自分の本音に気が付いたとき、

自分が感じたことをそのままストレートに、

ただ出しっぱなしにするだけではわたしの想いは伝わらないし、

伝わらないとなると、わたしは満足できないのだ。と感じるようになりました。

なんて一方的で、身勝手な欲求なのだろう。とも思うけれど。

今の表現のままでは、伝わらない。

もちろん、わたしだけの問題ではなく、

受け手側が歩んできた、その人の歴史や、背景も大いに影響するだろうし、

その時々の心の風景によっても受け止め方や解釈は変わるので、

100%伝えることはできないのかもしれない。

ただ、それでも、いまのわたしの表現方法では、

30%しか伝えられないのだとしたら(もしかしたらもっと低いのかも。

それを1%でも良いから、上げていきたい。

考えること、伝えること。

今回参加したイベントでは、

誰かの投げた問いがじんわり広がっていき、熱を帯び、

別の問いが生まれ、更に広がっていくという、

アメーバのような現象に遭遇しました。

何だろう、根っこのような、しっぽのようなものを少しだけ垣間見たりもしたし、

わたしも沸々と湧き上がってくるものがありました。

以前にも書きましたが、

わたしは想像力をもっと鍛えたい。

そしてそれを表現する力を、術を、身に付けたい。

イベント参加者や、

登壇者のお二人のお話を身体全体で受け止めながら、

徐々に上がってゆく熱をビリビリ感じた2時間でした。