ひとりゴチるブログ

つぶやき以上、日記未満。日々の成長記録。

兆しとわたし

別ルートに入ったもよう。

(高速道路で言うところの、ジャンクション。

弟と意見の食い違いかーらーの、ケンカ!に発展することが増えたので、

これはお互い別ルートに入ったのだろうなあと。

 

姉弟とはいえ別の人間だし、経験含めて培ってきたものも異なる。

ぶるかるときはぶつかるし、何言ってんだこいつ??と理解できないこともあるのだ。

それは誰であっても同じ。

 

ケンカの最中は頭に血が上ってるんで、

落ち着いてから自分の発言と、弟の反応とをじっくり比較しては考えてみる。

 

Aという発言に対して、Bという解釈をし、そこからCDE…と、

どんどんズレていって、こんがらがらなくていいところでダマが出来ていることがわかる。

なんでズレるのかっていうと、お互いの認識、固定観念、そもそもの言葉の意味の捉え方に相違があるからだ。言葉足らずも大いにある。

その相違のすり合わせができていないままに双方発言をするもんだから、

最終的には売り言葉に買い言葉となるのだった。

 

良いのか悪いのか、ガッ!とぶつかったらすぐさま距離を置くんで、ケンカ自体は長引かないけれど、まー疲れるわな。

おじさんとおばさんのケンカ。(じーさんばーさんになっても変わんないだろうよ。

 

自分にとっての「こうだろ普通」は、相手にとってのそうではない。

違いがあるとわかっても、それを納得したりどこまで許容するのかしないのかは本人に委ねられるし、

妥協点を互いに見つけられなければ・見つけようと歩み寄れなければ、そこで関係は切れるだろう。

 

衝突することで、自分の盲点も浮かび上がってくる。

 

彼にとってまた一つ大きな転機がやってくる。それはわたしにとってもそうだ。

陰ながら応援したいと思う。

 

新たな風が吹くのを楽しみにしながら。

選ぶ自由とわたし

同じ事象をどう捉えて行動するか。

(わたしはどうしたいだろう。

不平不満愚痴もいい加減にしないと、どんどんドツボにハマっていく。挙句人を陥れるような行動にまで出る。

ぎょろぎょろと他人の動向を追っては、ずるいだのなんだのと文句を垂れるが、

じゃあそういうあんたはどうなのよ?というと、やるべきことをやらず、それを指摘すれば言い訳、開き直り、不貞腐れのトリプルコンボである。格ゲーか。

己の権利ばかり主張するのは良いが、ではいったいあなたは何を果たしているのか。

 

やろうと思っていたけれど、出来なかった。→くっちゃべって茶ぁしばく時間はあったのに?出来なかったのなら他の日でもできたよね?申し送りは????

忘れてた、という名の都合の良い口実よ。

 

…ツッコミを入れようと思ったらいくらでも出てくるけれど、齢50も過ぎた人間にそれを言ったところで変わらないだろうし、

今までもずっとそうしてきたのだろうから、自分に直接関わってくる事以外は距離を置くのみである。

 

また、そんな人あるあるだが、自分よりも出来ない(と、これまた一方的に決めつけている)人がちょっとしたミスをしたり、作業に時間がかかるのを見てはバカにしたり、

大きな声で「あの人はいっつもそう。出来ないから」と周囲にアピールをする。

 

これはいったい何アピールだろう。

 

人を陥れているつもりなのかもしれないが、わたしには自分のコンプレックスを隠したいがために意識を他所に向けさせようという自虐行為にしか見えない。

やればやるほど当の本人の株がダダ下がるだけだ。

そらー自分で向き合わなけりゃ自信なんて一向につかないし、コンプレックスも膨らむ一方だろう。

 

そんな人間を見ては疲弊する一方、スポーツの分野で講師業をしているある人を見て、心にじんわり栄養が入る。(ささくれてた分、いつも以上に沁みて泣きそうになったよ。うう

 

わたしから見たら何でもできるスーパーウーマンなのだけれど、

知識や技術のブラッシュアップは当然のことながら、不得意な人の気持ちや感覚を少しでも理解しようと、自身が苦手だと思う分野にも挑戦し、

そこで苦手や不得意ならではの感覚を得ては、不得意な人に対する接し方を工夫している人もいる。

 

こういう人も確かに居るのだ。

 

もうね、どうしたって比べるし、どちらを尊敬するかってどう考えても後者なのである。

年齢を重ねれば重ねるほど、その差はうんと開いてゆく。

この域にまで行けたらどんなに良いだろう。

 

自分の境界内に入れるならこんな人。影響を受けたいのはこういう人。

何をどう捉えていきたいのか。

 

それらを自分で選べる自由を、誰しもが持っている。

その程度とわたし

事を荒げるくらいなら。

(自分が飲み込めばいいという、逃げるな危険。

自分でも、「えっ!なんでその程度のことが言えないの!言うのにとんでもなく躊躇するの!?」な事態に遭遇し、

こんなことで悩んでるとか時間のムダだなあ…労力の無駄遣いだなあ…と思いつつ、

なぜ「こんなことで」と思いながらも言えないのだろうか、

引っかかっていることを自分が飲み込めさえすれば済む。と逃げようとするのだろうか。

と、自分を観察分析すること1週間。

 

わたしの場合、その大半は「怒り」の感情だけれども、ちょっとでも自己矛盾や隙があれば主張が出来ない(主張する権利すらない)といまだに思っているし、

事を荒げたくないのと引き換えに、自分が我慢すればよいと思っているのだから苦笑いである。

 

そもそも我慢できるようなタチじゃなければ、そんな器でもないだろう。

事を荒げたくないったって、その場しのぎの対応をしたところで何も変わらないし、状況は変わらないどころか己の怒りは増すばかりである。

結局どこかで爆発すれば、事を荒げるどころか大惨事だ。

 

スパっと斬り落として関係性を破壊するのは非常にカンタンだけれども、人は変われど死ぬまで続く人間関係、そんなことし続けるのも違うよなとも思うので、(※とっとと切った方が良い人は確かにいるけれど)

伝え方には工夫をしつつ。

 

ひとまず無事主張(提案、という形で伝えてみた)はしてみたが、

こちらが何も言わないのを良いことに、そこに乗っかってたのだろうなと思うとやはり胸くそが悪かったので、

出来もしない我慢をしてないで、とっとと言えばよかったなあと次回に繋げる。

言えただけでも以前の自分と比べたら大きな前進だけれども。

 

関わる人を選べない場合、何かあった際の反撃材料をしこたま仕込んでおかないと安心できない自分にも何度も遭遇しているし、

それにも辟易しているので、この辺も徐々に改善出来たらなと。

そんな関係性ってとてもさみしいもの。

 

わたしはどんな人たちとどういう関係を築いていきたいのかを、自分の中で疑問やちょっとした引っかかりが出てくるたびに、問われている。

自分なりに答えを出し、実践すること。これの繰り返しだ。

コンプレックスとわたし

どちらにも転ぶ。

(考え方次第。

何をコンプレックスと思うのか。

完璧超人に見える人だったとしても、何かしらのコンプレックスは抱いているそうな。

 

ここんとこ本腰を入れつつ、でも縛りをきつくし過ぎず、刷新した筋トレメニューに励んでいるけれど、

取り組めば取り組むほど自分がコンプレックスに思うところは、ポテンシャルでもある。ということに少しずつ考え方が切り替わり始めている。

 

以前にも書いたことがあるが、わたしは子どものころからとにかく運動が嫌いで、

体育の授業で走ればドベかドベ2。泳げない、飛べない、球技も出来ない、鉄棒で逆上がりも出来ない。

走り幅飛びをすれば真正面から突っ込んでって、バーを両脚に挟んで痛い思いをするというくらいの運動音痴だ。

「浅井、”はさみ飛び”ってのはそういうことじゃねえんだ。」と、体育教師に爆笑されたりもして。(笑)

 

というわけで、ツラいわ笑いものになるわ恥ずかしめの刑に遭うわで、体育なんてマジ滅びろ何が楽しいんだといつも前日からブルーになっていたけれど、

授業をサボったり休んだり、一度も逃げ出したことは無いんだよな。必死だったけど授業にもついていってたし。と思うと、

コンプレックスも別の角度から見たらコンプレックスでなくなるのだった。

 

運動ができる人たちでさえ、しんどいから今日はサボると言ってサボっていた授業。

あんなツラいこと(特に高校。体育がマジえげつなかった)を3年間もやり遂げるわたしって、どんな忍耐力だろうと思う。

 

ただこれも別の角度から見ると、耐えなくても良いところで耐える=どっかで歪みが生じて自爆するってことにも繋がるので、

自分にとってそれは目指す方向として合っているのか合っていないのかを見極めていかないと、途端に間違えるよなあと思う。

つまりは、その都度一度立ち止まって考えるをしてみようってことだ。

 

てことで、学生時代の体育に関しては、確かに自信にも繋がっているけれど、気楽に取り組むこともできたよなーと今のわたしならそう思う。

風邪や生理痛が酷いときにまで何が何でも授業を受けるってのはやっぱどう考えても違うし。

 

コンプレックス。そしてポテンシャル。

 

わたしの貧相な上半身とボリュームありすぎな下半身。

筋トレや食事内容を見直すと、体重や体脂肪にもそれなりに影響してくるんだけど、

わたしの場合は下半身鍛えてんのに上半身の肉が削げ落ちてきちゃうのだよな。

余計な脂肪が落ちるのは良いけれど、痩せたいわけじゃないんだよ筋肉つけたいんだよ。むしろ筋肉で太りたい。

 

元々の体質に骨格。

このアンバランスでカッコ悪い身体はこの先どう変わっていくだろう。

 

宅トレも良いんだけど、間違ったやり方になっちゃってることが往々にしてあるから、やっぱイントラさんに一度しっかり基礎を叩き込んでもらいたいなあ。

 

全ては自分次第だ。

ヲタクとわたし

筋肉談義。

(いつまでも喋っていたい。

定期メンテナンスのために、いつもの整骨院へ。

この日はわたしが最後の客だったようで、「浅井さんでラストなんで、今日はちょっと長めに施術できるっす」と言ってくれたので、ここぞとばかりに筋肉談義。

 

専門用語を言われてもある程度理解できるのは、わたし自身も興味をもって学んできた分野であったり、仕入れてきた知識のおかげだとしたら、

こんな風に活きるってやっぱり楽しいし嬉しいことだよなと感じる。

”通じる”というのはホントに楽しい。

 

話の中で、「栄養学を学べば学ぶほど、糖質が五大栄養素に含まれるのはオカシイ!って思うんすよね。脂質とたんぱく質とビタミンミネラルだけで充分。」という意見が出たのだけれど、

じゃあなんで含まれてるんだろう?を考えてみた時に、栄養が充分に補給できなかった時代に、手っ取り早くエネルギー源として補給できたのが糖質だったからではなかろうか。

今は質はともかく飽食で選べる時代になり、むしろ過剰摂取のほうが問題になっているからこういう意見が出るのかもしれない。

 

栄養学もわたしが学んでいた時と、彼が学んでいた時、そして今もどんどん変化しており、まるで違う。

そして栄養学といっても、スポーツ栄養学なのか時間栄養学なのか分子栄養学なのか臨床栄養学なのかなどなどなど、軸足をどこに置いているのかによっても考え方が異なる。

で、わたしはと言えば、栄養補給のためだけの食事は嫌。ってのが第一にあって、

良い塩梅はどこだろう?を探りながら良いとこ取りをしたい派だ。笑

 

ボディメイクの話もしながら、わたしも自分の体で不明な点を教えてもらいつつ、あーだこーだと話していたら予定時間より30分オーバー。

 

「最近、新たにカイロの勉強も始めたんすよ」と、すでにボロボロになって使い込まれた教科書を見せてくれる彼を見ていると、

本当にこの仕事が好きなのだろうなあと愛が伝わってくるのだった。

 

この世にはあらゆるヲタクが居るが、わたしは愛をもって何かに取り組み愛でている人が好きだし、好きな事に没頭してる時点で、皆何かのヲタクなのだろう。

推せるものがあるって幸せだ。

BGMとわたし

music.youtube.com

テンションうきうきBGM。

(筋トレのおともに。

宅トレで話題の笑顔が素敵なユーチューバーさんが、トレーニングBGMで使用していて、うおおこれは上がる!と一目ならぬ一耳で気に入ったお歌。

(サビの♪~I see you standing in the corner like it's okayの入り方がむっちゃすき

 

筋トレに関しては邦楽より洋楽の方がもりもりスイッチが入るというか、身体をかるーく動かせるような気がするのは、わたしが母国語以外の言語に疎いからだろうか。

 

言葉の”意味”が入ってこないのが良いのかも。

意味が分かると途端にそれに絡んだ映像が芋づる式に脳内に流れてくるんで、情報量がぐん!とアップする=筋トレに集中できなくて。

 

慣れ親しんだ普段の筋トレを見直してみた8月。

肉体よりも精神面での効果が大きく、2年近くも暗い話題ばかりが目立って飛び交う中、よくぞ生きて日常を回してんなあ自分!と、誉めてやりたい気分になったのだった。

…いや、正直ウイルスなんて構っていられなかった去年に比べたら、今年はちょう穏やかに感じるのだけれども。

 

腕と胸の筋肉が無さ過ぎて腕立て伏せまったくできないマンなので、当面は膝付き腕立て伏せ10回を目標に練習練習だ。

たんぱく質とわたし

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プロテインごくごく。

(ホエイにチャレンジ。

いままで飲んでいたソイプロテインが切れたタイミングで、きんに君監修のホエイプロテインを購入してみた。

 

 

牛乳を飲むとお腹がゴロゴロする乳糖不耐症だもんで、お腹が痛くなるのが怖くてホエイ(カゼインも。すなわち牛乳たんぱく全般)を避けていたけれど、

ホエイプロテインには「WPC製法」と「WPI製法」「WPH製法」の3種類あるそうで、

このうち「WPI製法」で作られたプロテインを選べば乳糖不耐の人でも飲めると知って、応援も兼ねて買ってみたのだった。(WPH製法はどうなんだろう??

 

プロテインを飲むにあたり、もう一つ気になる点が。

それは、甘味。

ドラッグストア等で気軽に購入できるものは人工甘味料が使用されている物が多く、

脳天に突き刺さるどころか突き破るようなこの甘味、要りますか???と、わたしには辛く感じるのだけれど、

今回購入したプロテイン人工甘味料不使用、だけれども羅漢果(「らかんか」という果物)使用とのこと。

甘味はあるのかー…と思いつつ、えいや!と飲んでみた。(できれば甘味は自分で調節したいので、甘くないプロテイン希望だよー)

 

あっっっっ………まい!!!!!!(甘い)ザー

 

2種類の味を飲み比べてみたけれど、どちらもわたしには相当甘く感じた。

ベリーヨーグルトの方は、酸味を感じられる風味になっていたので、バニラと比べてまだ甘さが前面に出ていないものの、いやーそれでも甘い。

 

最初飲んでみた時は、これ…無理かも…と挫折しかけたけれど、2回3回と飲み進めるにつれて今はだいぶ慣れた。

 

甘味の無い3種類目の商品、希望です。(二度目

 

しばらく朝食のお供に飲んでみて、ソイプロテインとの違いを含めてどんな具合で身体に作用していくか楽しみだ。